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脳死

さて脳が回復不能の損傷を受けることがあります 医学者の中にはそれをもって生命の終わりとする人がいますが必ずしもそうとは言えないのです タイプライターのキーが故障して使えなくなったことをもってタイピストが死んだとはいえないのと同じです タイピストが仕事をする道具が使いものにならなくなったというにすぎません
同じことが脳が損傷して使えなくなった場合にもいえます それをもって死んだとするのは間違いです(シルバーバーチ 最後の啓示 P154~P155)
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死 46

霊の世界への誕生である死はその個性をもつ霊が巡礼の旅の第2段階を迎えるための門出です つまり霊の内部に宿る全資質を発達、促進、開発させ完成させ全存在の始源により一層近づくということです 人間は霊である以上潜在的には神と同じく完全です しかし私は人間は神の生命のなかに吸収されてしまうという意味での再融合の時期が到来するとは考えません 神が無限であるがごとく発達と完全へ向けての無限の過程であると主張するものです(シルバーバーチの霊訓6 P94)

死 45

地上の人間はいつかは死ななくてはなりません 物的身体をたずさえて永遠に生きるということは自然法則上不可能なことです 無知と迷信から生まれる死の恐怖さえ克服すれば地上の人間にとって死が暗闇から光明へ導いてくれる天使であり地上で活用されることのなかった才覚と能力とを発揮する好機を与えてくれるものとして歓迎するようになることでしょう(シルバーバーチの霊訓10 P118~P119)

死後 14

私たちの世界へ来てからも葛藤はあります それは低い霊性の欠点を克服し高い霊性を発揮しようとするたえまない努力という意味です 完全へ向けての努力、光明へ向けての努力というわけです その奮闘のなかで不純なものが捨てさられ強化と精錬と試練をへてようやく霊の純金が姿をあらわします 私たちの世界にも悩みはあります しかしそれは魂が自分の進歩に不満を覚えたことのあらわれであってほんの一時のことにすぎません 完成へ向けての長い行進のなかでの短い調整期間のようなものです(シルバーバーチの霊訓3 P181~P182)

復活

復活は生命の法則の1つです 死の訪れとともに物的身体から離れた魂はすべて復活したことになるのです キリスト1人の話ではありません 大霊の子のすべてに復活があるのです 死の関門を通過すると物的身体をあとにして今度は霊的身体に宿って霊の世界で新しい生活を始めるのです 地上生活はすべてそのための準備なのです(シルバーバーチの霊訓12 P49~P50)
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