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自由意志 10

地上の寿命の件ですが、一応、魂が誕生する時にあらかじめ決まっております。が、人間には、ある範囲内での自由意志が許されており、その他のもろもろの事情も絡んで、その寿命、つまり死すべき時が変ることも有り得ることです。
戦争が避けられるか否かの問題ですが、これは地上の人間自身の自覚に関わる問題です。今も述べましたように、人間には自由意志が許されております。が、それには代償も伴います。戦争をするかしないかは自由です。が、戦争という手段を選んだからには、それが生み出す結果に対しても人間が責任を負わねばなりません。(シルバーバーチの新たなる啓示 P132)

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動物実験 5

私は、生体解剖という手段では何一つ人類に益するものは得られない、と言っているのではありません。そういう痛い目にあわされるいわれのない動物に、残酷なことや苦しい思いをさせることは、宇宙の霊性に反することだから正しくないと言っているのです。そのところが、医学界が理解できずにいるところです。
人間は動物よりも大切な存在であるとの先入観で、動物実験を正当化し、それによって人類の健康と幸せを促進する権利があると思い込んでいます。しかし、これは間違いです。霊的に間違っていることは絶対に許されません。この地球上において仲よく協力しあって、生きるべき者すべての幸せを促進する方向で、努力しなくてはいけません。愛こそが摂理を成就させるのです。他の生物に苦しみを与えているようでは、人類に愛があるとは言えません。(シルバーバーチのスピリチュアルな生き方Q&A P144~P145)

日常生活の生き方

私は魂をより意義ある生活へ誘(いざな)うものでないかぎり教義、信条、ドグマといったものには関心がありません。日常の行い以外のものには関心がないのです。根本的に重要なのは日常生活の生き方だからです。いかなる教義もいかなるドグマもいかなる儀式も、原因と結果の関係を寸毫(すんごう)だに変えることはできません。霊性を一分(ぶ)たりとも増すことも減らすこともできません。それは日常生活によってのみ決定づけられるものだからです。私たちが忠誠を捧げるのは宇宙の大霊すなわち神とその永遠不変の摂理であって、教義でもなく書物でもなく教会でもありません。(シルバーバーチの霊訓5 P53~P54)

柔軟性

物の見方・考え方には常に柔軟性がなくてはなりません。柔軟性こそ霊的問題に処していく上での絶対的要件です。独断主義は不毛・沈滞に堕していきます。常に自由な精神を維持していなければなりません。霊力は無限です。これでおしまいという限界がないのです。あなた方が地上で手にする知識は死後に待ちうけている膨大な知識の宝にくらべれば、そのホンの上っつらを引っかいた程度にすぎません。(シルバーバーチの霊訓12 P163)

両面性

人生が両面性から成るということは挑戦の機会があるということであり、障害や不利な条件に立ち向かうことになるということです。そうでなかったら素晴らしい内部の神性は永遠に発現する機会がないことになります。(シルバーバーチの霊訓12 P79)

肉体 2

一般的に言って人間は肉体のことはおろそかにしていません。むしろ甘やかしすぎです。必要以上のものを与えています。あなた方が文明と呼んでいるものが不必要な用事を増やし、それに対応するためにまた新たな慣習的義務を背負い込むという愚を重ねております。肉体にとって無くてはならぬものといえば光と空気と食べものと運動と住居くらいのものです。衣服もそんなにあれこれと必要なものではありません。慣習上、必需品となっているだけです。(シルバーバーチの霊訓6 P203~P204)

背後霊の導き

危機に立ち至ったら、それまでの過去を振り返って、お先真っ暗の絶体絶命の時に道が開かれてきたことを思い出してください。そこに背後霊の導きがあったのです。それはこの後も決して見棄てることはありません。(シルバーバーチの霊訓12 P151)

死刑制度 3

霊の教訓として私が躊躇なく述べていることは、殺人を犯したからといってその犯人を殺してよいということにはならないということです。地上の人間は正義と復讐とを区別しなくてはいけません。いかなる理由にせよ、霊的に何の用意もできていない魂から肉体を奪って霊界へ送り込むことは、最低の人間的感情を満足させることにはなっても、何一つ意義のあることは成就されません。正当な裁きを下すべきです。死刑によって一個の人間を霊界へ送り込んでも、その霊を一かけらも進化させることにはなりません。逆に、一段と堕落させ、"目には目を、歯には歯を"の激情に巻き込みます。
われわれは生命は肉体の死後も生き続けるという動かし難い事実を基盤とした原理を堅持しなくてはいけません。何の準備もできていない人間を霊界へ送り込むことは、ますますトラブルのタネを増やすことになるのです。時には誤審による死刑も行われており、正当な裁きが為されておりません。
生命は神聖なるものです。その生殺与奪の権利は人間にはないのです。それをいかに扱うかにあなた方の責任があります。生命は物質から生まれるのではありません。物質が生命によってこしらえられ、存在が維持されているのです。生命とは霊に所属するものです。宇宙の大霊から出ているのです。生命は神性を帯びているのです。ですから、生命および各種の生命形態を扱うに際しては、憐憫(れんびん)と慈愛と同情という最高の倫理的規範に照らさなくてはなりません。何事をするにも、まず動機に間違いがないようにしなくてはいけません。(シルバーバーチの霊訓8 P151~P152)

病気 2

病気・不快・異状の原因は調和の欠如にあります。健康とは全体の調和が取れている状態のことです。身体と精神と霊との間に正しいリズムとバランスが取れていることです。三者の連繋がうまく行っていない時、どこかに焦点の狂いが生じている時、自然の生命力の流れが阻害されている時に病的症状が出るのです。霊力が流れず、本来の機能を果たしていないからです。(シルバーバーチの霊訓9 P171)

物的身体

人間は物的身体という牢の中で生活しています。その牢には小さな隙(す)き間が五つあるだけです。それが五感です。みなさんはその身体のまわりで無数の現象が起きていても、その目に見え、その耳に聞こえ、その肌に触れ、その舌で味わい、その鼻で嗅いだもの以外の存在は確認できません。ですが実際にはその身体のまわりで無数の生命活動が営まれているのです。見えないから存在しないと思ってはいけません。人間の五感では感知できないというに過ぎません。(シルバーバーチの霊訓12 P35)

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