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真理普及 10

人間の魂は、いつまでも牢獄に閉じ込められたままでは承知しません。永遠に暗黒の中で暮らす者はいません。いつかは魂が光明を求めるようになります。神性を秘めた魂が、暗い沈滞状態に不快を覚えるようになります。自由を求めるようになるのです。束縛された状態に嫌気を覚えるようになるのです。そうした段階に至った人たちのために、できるだけ多くの霊的真理を普及させる仕事を続けていないといけないのです。(シルバーバーチのスピリチュアル・メッセージ P27)

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祈り 23

そもそも祈りとは魂の発現です。そこのところをまず明確にしておきたいと思います。光明すなわち導きを求めて叫ぶ魂の渇望です。その熱誠そのものが回答をもたらすのです。それが思念のパワーを起動させるのです。それが回答を引き寄せる原因であり、回答が結果です。霊界のだれかが、人間が祈るのを待っている必要はありません。
なぜなら、人間の祈りの性質によって、それが届く範囲というものが自動的に決まり、その人間の霊性の進化の度合に応じて、引き寄せられるべき霊が自然に引き寄せられるのです。その霊たちは、地上人類のために働く決意ができていますから、そのパワーが人間の祈りが生み出したパワーを増幅させます。それは思念の波動であり、霊性の一部です。(シルバーバーチのスピリチュアルな生き方Q&A P20)

動物愛護 10

地上生活の目的の一つは霊的意識の覚醒です。それが成就されれば、大局からの物の見方ができるようになります。優先すべきものを優先させることができるようになるということです。合わせるべき焦点が正確になるということです。
残念ながら現段階の人類の大半は、霊性の発達の欠如から、自分がもともと霊であり、それと同じものが動物にも宿っていることが理解できません。たしかに人類は機能的には動物に優ります。が、本質的には同じ霊的存在なのですから、自分より進化の低い階梯にある動物を慈しみ保護してやるべきなのに、自分たちの病気治療の研究のために、無抵抗の動物を材料として、残酷な実験をくり返しております。がこれは間違いです。
こうした邪悪な、悪魔的ともいえる動物実験を止めさせるためにも、時間は掛かりますが、まず霊的知識の普及が必要です。そして、人類全体が、今行われていることが間違いであることに気づく段階にまで意識が向上する必要があります。短期的に見れば、それまでは、一時的に今まで以上に動物実験が盛んになることもあるでしょう。
皆さんとしては、何とかして生きた動物に苦痛を与える方法以外の方法へ転換させるように、不断の努力をすることです。決してあきらめてはいけません。霊的な旗印を鮮明に維持しつづけることです。(シルバーバーチ最後の啓示 P44~P45)

生命は神聖なるもの

生命は神聖なるものです。そのことをあらゆる機会に訴えないといけません。地上の人間としてはこれしかないと思えることも、全体像のごく一部としてしか見ていないものです。霊的にはちゃんとした埋め合わせと懲罰とがなされているのです。大霊をごまかすことはできません。すなわち、無限の知性と無限の叡智から編み出された摂理が、無比の正確さをもって働くのです。(シルバーバーチの新たなる啓示)

悟り 6

人間の一人ひとりに宇宙の大霊が宿っており、それが絶えず発現を求めます。より広く顕現することによって初めて人生から豊かさを獲得できるからです。事はきわめて簡単です。顕現しなければ悟りは得られないのです。
そこに苦の存在する理由があります。悲しみの存在する理由があります。光が暗闇の中にあってこそ見出せる理由がそこにあります。ただし、その体験による魂の顕現はそれから始まる大冒険の始まりにすぎません。その大冒険こそ神の意図する人生のあるべき姿なのです。疾風怒涛の霊的冒険であり、その体験を通して叡智と崇高さと美しさと光輝と威厳と気品と尽きることのない霊的遺産を手にすることです。それが地上生活のあるべき本来の姿です。ところが現実はそうではありません。唯物主義がはびこり、利己主義が横行し、貪欲が支配し、奉仕の精神、協調の心、向上心、人助けの気持が失われております。(シルバーバーチの霊訓1 P133~P134)

神性の開発

霊的真理は単なる知識として記憶しているというだけでは理解したことにはなりません。実生活の場で真剣に体験して、初めてそれを理解するための魂の準備が出来あがります。どうもその点がよくわかっていただけないようです。種を蒔(ま)きさえすれば芽が出るというものではないでしょう。芽を出させるだけの養分がそろわなくてはなりますまい。養分がそろっていても太陽と水がなくてはなりますまい。そうした条件が全部うまくそろった時にようやく種が芽を出し、成長し、そして花を咲かせるのです。
人間にとってその条件とは辛苦であり、悲しみであり、苦痛であり、暗闇の体験です。何もかもがうまくいき、鼻歌まじりののん気な暮らしの連続では、神性の開発は望むべくもありません。そこで神は苦労を、悲しみを、そして痛みを用意されるのです。そうしたものを体験して初めて霊的知識を理解する素地が出来あがります。(シルバーバーチの霊訓1 P63~P64)

法則 11

神がすべてを知り尽くしているのも法則であればこそです。法則だからこそ何一つ見落されることがないのです。法則だからこそ人生のあらゆる側面がこの大宇宙にその存在場所を得ているのです。人生のありとあらゆる側面が--いかに些細なことでも、いかに大きな問題でも--けっして見逃されることがありません。すべてが法則によって経綸されているからです。法則なくしては何ものも存在し得ません。法則は絶対です。人間の自由意志が混乱を惹(ひ)き起こし、その法則の働きを見きわめにくくすることはあっても、法則そのものは厳然と存在し機能しております。(シルバーバーチの霊訓4 P26~P27)

進化の法則

神は法則であり、その法則は完ぺきです。しかし物質の世界に顕現している部分は、その顕現の仕方が進化の法則の支配を受けます。忘れてならないのは地球も進化しつつあるということです。地震も雷も進化のしるしです。地球は火焔と嵐の中で誕生し、今なお完成へ向けて徐々に進化している最中です。(シルバーバーチの霊訓12 P109)

祈り 22

本当の祈りと御利益信心との違いを述べれば、祈りが本来いかにあるべきかがお分かりになると思います。御利益信心は利己的な要求ですから、これを祈りとよぶわけにはいきません。ああしてほしい、こうしてほしい。カネがほしい、家がほしい--こうした物的欲望には霊界の神霊はまるで関心がありません。そんな要求を聞いてあげても、当人の霊性の開発、精神的成長にとってなんのプラスにもならないからです。一方、魂のやむにやまれぬ叫び、霊的活動としての祈り、暗闇に光を求める必死の祈り、万物の背後に控える霊性との融合を求める祈り、そうした祈りもあります。そうした祈りには魂の内省があります。つまり自己の不完全さと欠点を自覚するが故に、必死に父なる神の加護を求めます。その時の魂の状態そのものがすでに神の救いの手を受け入れる態勢となっているのです。ただ、これまでも何度か述べたことがありますが、そうした祈りをあえて無視して、その状態のまま放っておくことが実はその祈りに対する最高の回答である場合がよくあります。こちらからあれこれと手段を講じることがかえって当人にとってプラスにならないという判断があるのです。しかし魂の奥底からの欲求、より多くの知識、より深い悟り、より強い力を求める魂の願望は、自動的に満たされるものです。(シルバーバーチの霊訓1 P169~P170)

人のため 29

あなた方としてはひたすらに人の役に立つことを心掛けるほかはないのです。あなた方を通して働いている力はこの宇宙、想像を絶する広大な全大宇宙を創造した力の一部なのです。
それは全ての惑星、全ての恒星を創造した力と同じものなのです。雄大なる大海の干満を司(つかさど)るエネルギーと同じものなのです。無数の花々に千変万化の色あいと香りを与えたエネルギーと同じものなのです。小鳥、動物、魚類に色とりどりの色彩を施したのも同じエネルギーです。土くれから出来た人間の身体(からだ)に息吹きを与え生かしめている力と同じものです。それと同じエネルギーがあなた方を操っているのです。目的は必ず成就します。(シルバーバーチの霊訓1 P166)

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